移住者のおはなし


由仁町に移住してきた方にお話をうかがいました。由仁の暮らしを知るうえで大変参考になることばかりなので、移住をお考えの方はぜひご一読ください。

大塚恵梨菜 さん(札幌市から移住)

 

由仁にきた最初のきっかけはアルバイトでした

 スポーツ系の大学を卒業し、札幌でインストラクターの仕事に就いていました。毎日15kmの道のりを自転車で通勤し、出社してから退社するまで常に人と接する環境にある職場でした。大学を卒業する2006年に父親が経営している派遣会社の手伝いで1ヶ月ほど由仁町の芋の共選場に来ていたのですが、そのときに今の夫と知り合いました。それから数年後に会社を辞めて、自分で3か月と決めてお試し同居生活を始めました。

農家に嫁ぐことを最初は親にも止められたし、周りの友達にも絶対無理だよって言われていたのですが、いざ住んでみると意外にみんなウェルカムで、大丈夫かな!って。家族に優しく受け入れてもらえたからやっていけるのかもって思いました。

 

自分からコミュニティに関わっていくことで変わる

 農業はやったことがなかったのですが、以前の仕事が対人だったので、接客に疲れていました。農業って黙々と畑や農作物に向き合う仕事なので自分の中ではまってしまって。その環境の変化が今は良かったのかなと思います。それでも、とにかく人と接する環境からいきなり1人でやる仕事になってしまったので、最初はホームシックで毎日ゴミを片付けながら泣いていました。初めてでき

た友達も義母のお友達で72歳のおばあちゃんでした。最初の1年は義母とそのおばあちゃんの3人で、買い物やお風呂によく行っていましたね。その頃に由仁で活動する若手農業者女性グループの「WEAVE(ウィーブ)」から入会のお誘いを受けました。

最初の1年目は忙しいのと、なかなか行きづらくて全然参加できていませんでした。それでも参加するようになったらコミュニティに自分から顔を出して行くか行かないかで過ごしやすさは全然違うと思いました。やっぱり自分次第なんですよね。うじうじしてつまらないだとか不便だとか言っていると、自然と自分で境界線張っちゃうんですよね。もっと近くに同じような立場の子がいるから話せば楽になるのにって。同じ状況にいる女の子って結構いるんじゃないですかね。

やろうと思えばなんでもできる

 農業の仕事もほとんど見よう見まねで覚えました。最初はかぼちゃの水やりだったのですが、こっちにきてすぐ大型特殊免許も取ってトラクターを運転したり。毎年ハードルが上がって今では夫の父親がする役割も私が担っています。生活のサイクルは、札幌にいたときは夕食が23時頃だったんですが、今は19時には食べるので当時と4時間くらいずれていますね。健康的に過ごしています。冬も、昨年はWEAVEのメンバーの子どもにスキーを教えたり、義母が農協女性部の役員をやっているので、そこで頼まれてフィットネスの講師をやりました。農作業の機械化はわかるけど、農作業をしている奥さん方って手作業が多かったりするんですよね。私も実際やってみてわかったのですが、その作業によって体に係る負担が違うんです。だからまずは作業によって出る痛みを共有して、予防のための運動をしましょうってことで近くの会館を借りて教えたりもしています。

町のスポーツ推進員にも選ばれ、昨年は秋に行われる「ゆっくり由仁ウォーキング」で講師をやりました。忙しくて出来ないって断っていたのですが、引き受けてわかったことは自分も農家の仕事だけじゃなくみんなと関わっていた方が楽しいし、知り合いも増えるし良いのかなってことでした。昨年12月まではWEAVEの代表を1年間やっていたので特に忙しかったけど、やろうと思えばなんでもできるんですね。

 偶然が必然だった!!

これまでの話もたまたまここにいたから、たまたまこの人がいたから広まっていったことばかりでした。全部自分発信なわけじゃないんですよね。ちょっと過去に何々やっていたって話したら、「じゃあちょっとでいいから講師やってみてもらえる?」とか本当些細なことから始まっているんですよね。だから私は、家族はもちろん家族以外の町民にも助けてもらったかな。色々な人にたくさん話を聞いてもらってそれですごく救われました。感謝しかないですね。